かまいたち濱家の痛風発作が毎日新聞でも特集?その回数がヤバイい!

ニュース

かまいたち濱家が何度も痛風発作を経験し、痛い目にあってきたという話は、ファンの間では有名な話だと思います。

そんなかまいたち濱家が実は毎日新聞で取材されていたという噂を耳にしました。

通常であれば、コンビでの取材というのが一般的であるはずが、その当時は濱家単体での取材で、相方の山内はどこか違和感を感じていたそうです。

そして蓋を開けてみれば、毎日新聞の痛風特集だったことが発覚。

この記事ではその当時のエピソードを踏まえ、かまいたち濱家の痛風発症の回数がどれほどヤバいのかについて取り上げてみたいと思います。

スポンサーリンク

かまいたち濱家が経験した痛風発作の回数は〇〇回!?

かまいたち濱家が痛風発作を経験した回数は14〜15回だと言われています(本人談)。

13〜15と幅をもたせているということを考えると、自分でもイマイチ把握できていないほど発症回数が多いということなのでしょうか。

とにかくこれだけの痛風発作を経験されているとなると、普段の日常生活がどのようなものなのか気になってしまいますよね。

最初の発症は28歳?

最初の痛風発作は、28歳のとき。

トミーズ雅の家で、吉本興業代表取締役会長の大崎、取締役社長の岡本が在席する食事会のときに右膝に痛風発作を発症。

当時は、自分が痛風だということが分かっていなかったので、ビールを飲み続けて痛みを和らげようとしていたんだそうです。

当然痛みが和らぐこともなく、たくさん飲んでいたこともあり、嘔吐して帰宅することになったと自身で暴露しています。

なんとその食事会の翌日が、柔道の技を全てかまいたちが受けるというロケがあり、さすがに濱家は膝に出た発作の痛みで拒否。

すべて山内が受けることになったんだとか。

後々の検査で、尿酸値が12.0mg/dL(基準値は7.0mg/dLまでと言われています)もあり当時の自分のことを大型ルーキーと呼んでいます。

かまいたち濱家はどんな生活をしていた?

濱家は、20歳からお酒を飲みはじめて、28歳で痛風を発症するまでの8年間、ほぼ毎日飲んでいたようです。

その量、なんと1日20杯!

24本ケースのビール缶が3日もあれば無くなっていたと言います。

当時の体重はなんと96.5kg。今よりも20kg近く太っていたそうです。

2回目の痛風発作はその半年後?

薬を飲み、正常になった尿酸値を見て濱家はなんとその直後からお酒を爆飲!

たった半年後には2回目の痛風発作を発症しています。

痛風発作は繰り返す度に痛みが増すと言われていますが、1回目の痛みを忘れ2回目も相当痛かったはずです。

発作箇所はオールマスター?

濱家が発作をおこした箇所は全て制覇しているそです。

一番発作が出やすい両足親指からはじまり、両足首・両膝・両股関節。

通常は片側1箇所しか出ないと言われている痛風発作ですが、

濱家の場合、片側親指・両足首・両膝の計5箇所同時に発作を起こしたことがあるそうです。

毎日新聞で痛風特集?

28歳で痛風発作を発症した当時の話を赤裸々に語っています。

「誰一人なってほしくない」

10回以上も経験している人が言うと、かなり説得力がありますよね!

相方山内も痛風の取材とは知らなかった?

通常、取材というとコンビ2人合わせて受ける印象がありますが、相方山内は知らなかったというニュアンスで『しゃべくり007』に出演した際、語っています。

「濱家だけで取材はいってたんですよ。普通コンビで取材って入るのに毎日新聞さんから取材入ってて、何やろうなと思ってて後で確認したら、濱家単体で痛風の取材だったんです。お笑い入ってるのかなと思ってたんですけど…」

実際に相方の取材内容を知らなかったという可能性は低いように思いますが、その場を盛り上げるためにこのような言い回しをしたのかもしれません。

いずれにせよ、毎日新聞から真面目な痛風取材がきていたことは明らかな事実ですね。

まとめ

いかがでしたか?

かまいたち濱家は10回以上痛風を経験していたんですね。

これだけの痛風を経験し、さらには毎日新聞の取材を受けるほど。

痛風を語ればかまいたち濱家以外はいないかもしれません。

生活を見直し、2度と痛風になって苦しむことがないようにしてほしいですね。

もちろん2回目の毎日新聞取材も…。

ニュース
スポンサーリンク
Health & Peace

コメント

タイトルとURLをコピーしました